《木星》を聴いていたら、中間部の有名な旋律はホルストが作ったのか、既に存在していた曲(賛美歌??)の引用かと尋ねられました。もちろんこれは、ホルストのオリジナル。でも、ウェストミンスター寺院で行われたチャールズ皇太子とダイアナ元妃の結婚式や、彼女の葬儀で歌われましたよね。オーケストラ曲の、しかも途中部分の旋律が、なぜ英国国教会の聖歌として歌われるようになったのでしょうか1

グスターヴ・ホルスト(1874〜1934)が《惑星》を作曲するきっかけは、1914年1月17日にロンドンのクイーンズ・ホールで、アーノルト・シェーンベルク(1874〜1951)の《オーケストラのための5つの作品》を聴いたこと。後に《大オーケストラのための7つの作品》となりますが、最初は2台ピアノ用でした(ただし《海王星》のみオルガン用。ミステリアスで遠い海王星の世界を描くのに、ピアノは打楽器的過ぎたため)。《木星》は、《火星》《金星》とともに1914年に作曲。

1918年9月29日、クイーンズ・ホールで初演。リハーサルはわずか2時間で、海王星の合唱はホルストが教えていたセント・ポールズ・ガールズ・スクールの生徒たち。250人ほどの仲間のための内輪のコンサートでした。何回か部分的に演奏された後、全曲が公に演奏されたのは1920年10月13日。初期には「戦争をもたらす者」などの副題のみで呼ばれていたそうです。

次に歌詞について。イギリスの外交官セシル・スプリング・ライス卿(1859〜1918)が「Urbs Dei or The Two Fatherlands 神の都、またはふたつの祖国」というタイトルの、2節から成る詩を書きました。彼は1912年から駐米イギリス大使を務め、1918年1月にイギリスに戻る直前に「Urbs Dei」を改作します。

第1節の内容を、戦いの騒音と銃の雷鳴から、愛と犠牲の主題を中心に変え(どちらも、第1次世界大戦時のイギリスを描いたもの)、タイトルを「 I Vow to Thee, My Country 私は汝に誓う、わが祖国よ」に変更。ちなみに、第2節は天国を描いています(置き換えられたはずの元の第1節が第2節として扱われ、3節構成になる場合も)。彼は故国に帰り着くことなく翌2月にカナダのオタワで亡くなりますが、この詩はその前に手紙で友人に送られ、死後数年間、私的に流布します。

ホルストは1921年に、この詩に合うように《木星》の中間部の主題を改作。詩の最後の2行分の音楽を書き加え、少し長くします。オーケストラ伴奏付き斉唱用として作られ、この形で演奏されました。ラルフ・ヴォーン・ウィリアムズ(1872〜1958)らによって編纂された聖歌集「Songs of Praise 神を褒め称える歌」に収められ、1926年に初出版。その際ホルストは、聖歌として歌えるように和声付けしました。これ以降この旋律は、彼が何年も住んでいた村の名前にちなんで「Thaxted サクステッド」と呼ばれるように。

ホルストの一人娘イモジェンは、「この詩に曲を付けるように頼まれたとき、彼は一生懸命がんばって疲れてしまい、《木星》の中間部の音楽がこの詩に「ちょうど合う」ことに気付いてほっとした」と記しています2。えーーーーっ!!?   あの荘重で格調高い旋律がこの詩に使われたのは、偶然だったのですね!!!

  1. ウィキペディア英語版 I Vow to Thee, My Country, Cecil Spring Rice, Thaxted (tune) などの情報を元にしています。日本語版は、細かい部分があちこち不正確でした。(2) ウィキペディア・ジョーク?!? レスピーギの《パッソ・メッゾ》参照
  2. Holst, Imogen, A Thematic Catalogue of Gustav Holst’s Music. Faber, 1974, p.125, 145.