オーケストラの楽器のほとんどは男性名詞で、女性名詞はヴィオラとトランペットくらい([4] 男の楽器、女の楽器参照)。でも、弦楽器管楽器両方におけるこの逆ハーレム状態(ちょっと大げさ?!)は、イタリア語だけ。たとえば、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスは

フランス語では violon 女性、alto 男性、violoncelle 男性、contrebasse 女性

ドイツ語では Violine / Geige 両方女性、Bratsche 女性、Violoncello 中性、Kontrabass 男性

とバラバラ。violino 男性、viola 女性、violoncello 男性、contrabasso 男性のイタリア語を含む3言語で、同じ性を持つものはありません。そう言えば、ドイツ語には中性名詞もあるのでした。中性の楽器って、チェロ以外に何があるんでしょう??

ドイツ語の楽器名は、女性名詞が多いと習いましたよね。確かに、Flöte、Oboe、Klarinette、Trompete、Posaune(トロンボーン)、Pauke(ティンパニ単数)、Becke(シンバル単数)、Trommel(太鼓)、Harfe(ハープ)、Orgel(オルガン)など、女性名詞が続々。

一方、中性名詞はチェロ以外に Fagott、Horn、Klavier(ピアノ)、Saxophon など。男性名詞はコントラバス以外には、Piccolo くらいしか見当たりませんでした。男性名詞が多いイタリア語と対照的です。

言語によって名詞の性が変わることで思い出したのは、音楽之友社『教育音楽・中高版』に連載中の「巨匠たちの舞台裏」のために調べた、チェロの名手ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(1827〜2007)のインタビュー。なぜチェロを専門に選んだかという質問に対して:

「チェロは女性名詞でしょ、だから、女性を好きになるように、好きになったんですよ」

と答えています1。ロシア語ではチェロ виолончель は女性名詞なのですね(ちなみに、ヴァイオリン скрипка は女性、ヴィオラ aльт は男性、コントラバス контрабас は男性でした)。彼は続けます。

「ただね、何年もたってからわかったんですけど、フランス語じゃ、チェロは、男性名詞なんですって。ほんとに、ぞっとしましたよ! もし、音楽に興味を持ち始めた頃にそのことを知っていたら、僕がどんな楽器を選んだかは、わかりません」

チェロはイタリア語でも男性名詞。同じ綴りなのにドイツ語では中性名詞ですよ、ロストロポーヴィチさん。それにしても、名詞の性って、いつ誰が決めたんでしょうね。今回は音楽から話が逸れてしまいました。

  1. アレクサンドル・イヴァシキン『ロストロポーヴィチ』秋元里子訳、春秋社、2007、23ページ。

変なタイトルですが、男が演奏する楽器、女が演奏する楽器ということではありません。楽器自体が男か女かということです。

実はこのコラムのアイディアも、前回の演奏会の練習時に遡ります。ヴィオラの楽譜に書いてあった「SOLA」。solo でも soli でもない sola。何か別の意味があるのかと思ったのに、solo と同じ扱いのようです。なぜ solo じゃないの??!  なぜヴィオラだけ sola なの?!?

疑問はわりとあっさり解消しました。実は前回弾いたレスピーギ、《ローマの松》も《リュートのための古風な舞曲とアリア第1組曲》も、イタリアのリコルディ社の楽譜を使っていました1。だから、形容詞が語尾変化していたのです。イタリア以外の楽譜なら、ヴィオラも楽語である solo と書かれていたはず。

イタリア語の名詞には男性名詞と女声名詞がありますが、フランス語やドイツ語よりも語形変化がシンプル。一般に単数形の男性名詞は -o で終わり(concerto、tempo など)、女性名詞は -a で終わります(opera、sonata など)2。形容詞も名詞の性に合わせて語尾変化します。violino、violoncello、contrabasso はいずれも男性名詞なので、「唯一の」という形容詞は solo。でも、viola は女性名詞なので、sola になるのですね。violino も violoncello も viola から派生した用語なのに( (37) ヴィオラはえらい?参照)、性が変わってしまいました。

スコアを見ると、イタリア語の楽器名はほとんど男性名詞。flauto、clarinetto、fagotto、corno(ホルン)、organo、sassofono(サクソフォーン)など。男性名詞は複数になると、timpani、piatti(シンバル)のように、語尾 -o が -i に変わります( (140) 本当は「ブラボー!」じゃない!参照)。

女性名詞の楽器は、viola 以外には tromba(トランペット)、grancassa(大太鼓)、arpa(ハープ)くらいでした。女性名詞は複数になると、語尾 -a が -e に変わります。

実はイタリア語の単数名詞には -e で終わるものもあり、このような名詞の性は辞書を調べないとわかりません。oboe、trombone、pianoforte はいずれも男性名詞でした(複数の場合、男性女性どちらでも語尾は -i に変わります)。

図1:Cornetto

驚いたのはコルネット。角笛 corno  + 縮小の接尾語 -etto →「小さな角笛」で男性名詞と思ったのですが、スコアに cornette と書いてあったのです。ということは女性名詞の cornetta。日本語でコルネットと呼ばれる楽器は2種類ありますが、イタリア語では、ルネサンス時代に使われた円錐形の木製楽器(図1参照。モンテヴェルディの《オルフェオ》でも使われています。(143) オーケストラの起源参照)を cornetto、いわゆるコルネットを cornetta と区別しているのでした3

というわけで、イタリア語ではオーケストラは男の楽器だらけですが……([9] 男の楽器、女の楽器、再び に続く)。

  1. 後者はカルマス社の再版でした。
  2. 前回の 器楽の出発点:レスピーギの《パッソメッゾ》で既に触れました。
  3. 英語では前者を cornett、後者を cornet と綴ります。ドイツ語の Zink ツィンクという語を使うこともあります。