変なタイトルですが、男が演奏する楽器、女が演奏する楽器ということではありません。楽器自体が男か女かということです。

実はこのコラムのアイディアも、前回の演奏会の練習時に遡ります。ヴィオラの楽譜に書いてあった「SOLA」。solo でも soli でもない sola。何か別の意味があるのかと思ったのに、solo と同じ扱いのようです。なぜ solo じゃないの??!  なぜヴィオラだけ sola なの?!?

疑問はわりとあっさり解消しました。実は前回弾いたレスピーギ、《ローマの松》も《リュートのための古風な舞曲とアリア第1組曲》も、イタリアのリコルディ社の楽譜を使っていました1。だから、形容詞が語尾変化していたのです。イタリア以外の楽譜なら、ヴィオラも楽語である solo と書かれていたはず。

イタリア語の名詞には男性名詞と女声名詞がありますが、フランス語やドイツ語よりも語形変化がシンプル。一般に単数形の男性名詞は -o で終わり(concerto、tempo など)、女性名詞は -a で終わります(opera、sonata など)2。形容詞も名詞の性に合わせて語尾変化します。violino、violoncello、contrabasso はいずれも男性名詞なので、「唯一の」という形容詞は solo。でも、viola は女性名詞なので、sola になるのですね。violino も violoncello も viola から派生した用語なのに( (37) ヴィオラはえらい?参照)、性が変わってしまいました。

スコアを見ると、イタリア語の楽器名はほとんど男性名詞。flauto、clarinetto、fagotto、corno(ホルン)、organo、sassofono(サクソフォーン)など。男性名詞は複数になると、timpani、piatti(シンバル)のように、語尾 -o が -i に変わります( (140) 本当は「ブラボー!」じゃない!参照)。

女性名詞の楽器は、viola 以外には tromba(トランペット)、grancassa(大太鼓)、arpa(ハープ)くらいでした。女性名詞は複数になると、語尾 -a が -e に変わります。

実はイタリア語の単数名詞には -e で終わるものもあり、このような名詞の性は辞書を調べないとわかりません。oboe、trombone、pianoforte はいずれも男性名詞でした(複数の場合、男性女性どちらでも語尾は -i に変わります)。

図1:Cornetto

驚いたのはコルネット。角笛 corno  + 縮小の接尾語 -etto →「小さな角笛」で男性名詞と思ったのですが、スコアに cornette と書いてあったのです。ということは女性名詞の cornetta。日本語でコルネットと呼ばれる楽器は2種類ありますが、イタリア語では、ルネサンス時代に使われた円錐形の木製楽器(図1参照。モンテヴェルディの《オルフェオ》でも使われています。(143) オーケストラの起源参照)を cornetto、いわゆるコルネットを cornetta と区別しているのでした3

というわけで、イタリア語ではオーケストラは男の楽器だらけですが……([9] 男の楽器、女の楽器、再び に続く)。

  1. 後者はカルマス社の再版でした。
  2. 前回の 器楽の出発点:レスピーギの《パッソメッゾ》で既に触れました。
  3. 英語では前者を cornett、後者を cornet と綴ります。ドイツ語の Zink ツィンクという語を使うこともあります。

前回、《パッソ・メッゾ》は酔った歩みではない!! と書きながら([2] ウィキペディア・ジョーク?!?  レスピーギの《パッソ・メッゾ》参照)、レスピーギの《リュートのための古風な舞曲とアリア》が器楽史の教科書の最初の部分どおりであることに気づきました。第1組曲は以下の4曲から成ります。

  1. 《オルランド伯爵のバッレット》
  2. ガリアルダ
  3. ヴィラネッラ
  4. パッソ・メッゾとマスケラーダ

第1曲の元曲は、ジェノヴァの作曲家&リュート奏者シモーネ・モリナーロ(1565〜1615)が、1599年にヴェネツィアで出版した『リュートのためのインタヴォラトゥーラ第1巻』に収めた《オルランド伯爵のバッレット》。インタヴォラトゥーラとは、声楽曲を器楽曲用に編曲することです。バッレットは小さな舞曲ですね(アレグロ→アレグレットのように、バッロ→バッレットで小舞曲の意)。

第2曲の元曲は、地動説を唱えたガリレオ・ガリレイの父で、フィレンツェの「カメラータ」((28) バロック時代はなぜ1750年までか?参照)のメンバーであったヴィンツェンツォ・ガリレイ(c.1520〜91)が1550年代に作った舞曲ガリアルダ。第3曲は作者不詳の16世紀末のヴィラネッラ。ヴィラネッラは、16世紀半ばころにナポリで始まった、素朴で軽い性格のイタリアの世俗歌曲です。

第4曲はやはり作者不詳の16世紀末の2種類の舞曲。後半のマスケラーダは、16世紀フィレンツェで流行した、マスケラ(仮面)や衣装をつけて(しばしばパントマイムを伴って)踊る、パレードやカーニバルのダンスでした。つまりレスピーギのタイトルは、16世紀という古い時代の、リュートで演奏する歌曲(第3曲)と舞曲(第1、2、4曲)ということですね。

楽器は古くから使われて来ましたが、音楽=声楽の時代が長く続きます。器楽が発展し楽譜資料が残るようになるのは、楽譜出版が始まった16世紀((183) ペトルッチありがとう!参照)。声楽の出版楽譜に「これは声にも楽器にも適する」と書かれたものがあるように、声楽曲が楽器で演奏されたのです。また、上記のインタヴォラトゥーラのように、楽器の特性に合わせて編曲されることも。撥弦楽器のリュートは声のように音を持続できませんから、細かい装飾音やアルペジオが多用されました。

声楽曲と直接関係が無い器楽形式として大切なのは、舞曲。ルネサンス時代は様々な舞曲が作られ、出版されました。私が音楽史の教科書として使っているものの1冊には、「パヴァーヌとガリアルド、パッサメッゾとサルタレッロのようにテンポの遅い舞曲と速い舞曲、2拍子型のものと3拍子型のものを組にした形も数多い」と書かれています1

レスピーギの第1組曲第2曲ガリアルダは、速い3拍子で跳ね足ステップが含まれる舞曲。1つ目の動画を参考にしてください2。一方、パッソ・メッゾは2拍子のゆっくりしたダンス。動画は、前回あげた2種類のうちのパッサメッゾ・アンティコで、グリーンスリーヴスと同じ和声進行をしています。リュートの演奏も見えます3。この時代、用語はまだ統一されておらず、女性名詞形のガリアルダやパッサと、男性名詞形のガリアルドやパッソが混在していました。

  1. 片桐功他『初めての音楽史決定版』音楽之友社、2018、50ページ。
  2. https://www.youtube.com/watch?v=A7AzGhMV1T8
  3. https://www.youtube.com/watch?v=ivvx_4NWpfo。上記のようにしばしばペアにされたサルタレッロは、3拍子系の急速なダンス。メンデルスゾーンが交響曲第4番の終楽章に使いました。(258) サルタレッロってどんな音楽?参照。

話は、レスピーギの《リュートのための古風な舞曲とアリア第1組曲》を取り上げた、第18回聖フィル演奏会前に遡ります。ボウイングを書き写すために借りた楽譜の終曲《Passo mezzo e Mascherada》に、「酔った歩みと仮面舞踏会」と書かれていました。Mascherada には確かに、仮面舞踏会という意味があります。第4曲後半、vivacissimo 以降。でも「酔った歩み」って何?

謎が解けたのは、チラシとプログラムに載せるための、日本語と原語の正式な曲目表記を調べたとき。一応チェックした Wikipedia 日本語版が「酔った歩み」の出処でした。やっぱり〜〜!!1「西洋音楽関連の日本語版 Wiki は間違いが多いので、英語版や独語版を参照すること」は、音楽学関係者の共通認識。学生たちにも口を酸っぱくして注意するのですが。

それにしても、驚くべき日本語訳「酔った歩み」は、いったいどこから来たのでしょう?!? パッソ・メッゾ passo mezzo の passo は英語の step ですから「歩み」は正しい。一方の mezzo は、メゾフォルテやメゾソプラノのメッゾ。英語の half です。「酔った」は、どこにもありません。

だいたい、第4曲前半の音楽自体、「酔った歩み」とは程遠いもの。4分の2拍子で、2分音符がずーんずーんと重く響く舞曲。酔っぱらいの千鳥足のような不規則さ、あるいはおどけた感じはどこにもありません。Wiki 日本語版のミスは、単純な訳し間違いや重要な情報の取りこぼしなど、理由が推測できることもありますが、「酔った歩み」はいくら調べても由来(??!)がわかりませんでした。まさにジョーク!?!

パッソ・メッゾ(1語でパッソメッゾ、パッサメッゾ、あるいは and を意味する e を入れたパッソ・エ・メッゾなど、多くの異形があります。英語版や伊語版 Wiki では、passamezzo  の形で出ていますので、これ以降はパッサメッゾと書きます)は、16〜17世紀初めのイタリアの民俗舞踏。直訳すると「1歩半」を意味する名前の由来はわかりませんが、踊りのステップが関係しているのでしょう。

パッサメッゾの舞曲は和音進行が決まっています。ヨーロッパで広く使われたパッサメッゾ・アンティコ(古いパッサメッゾ)は、I – VII – I – V、III – VII – I-V – I。グリーンスリーヴスがこの定型の例です。一方、レスピーギの終曲に使われたのは、パッサメッゾ・モデルノ(モダンなパッサメッゾ)。パッサメッゾ・アンティコの短調バージョンで、I – IV – I – V が和声定型。レスピーギ終曲冒頭のハーモニーです2

というわけで、第4曲は《パッソ・メッゾとマスケラーダ》。絶対に「酔った歩み」ではありません。いつ頃からこの訳が出ていたのか知りませんが、真に受けて「酔った歩みと仮面舞踏会」というタイトルで演奏しちゃった団体が無いように祈ります。でも、真に受けますよね、普通……。困ったものです。 Wikipedia 日本語版に限らず、署名の無いネット情報にはくれぐれもご用心! この第1組曲については、次回に続きます。

  1. このコラムをアップする時点でもその記述があります。
  2. ニ長調で d-fis-a、g-h-d、d-fis-a、a-cis-e の和音がほぼ4小節ずつ。