先日「クラシック音楽に隠された『進化の法則』」という記事を読みました1。1500年から1900年の間に活動した76人の作曲家が作った9996曲の音楽の、「曲を構成する音の高低と間隔の順序立った一連の並び」を調査したところ、その使用頻度が増加してきた様子が「伝播の原則となる『ベータ分析』と呼ばれる統計学的法則に完全に従うことを発見した」のだそうです。

「音楽文化におけるいくつかの動向は、個々の作曲家の状況によって起こるというよりは、むしろ、統計的な進化則として定式化できると結論づけられます」。研究者は、この調査における「追跡が可能な、継承の基本単位」として三全音を選び、この音程を持つ2つの音が同時に鳴る頻度を調べています。

結論はさておき(と言うか、おもしろいと思うもののよくわからない)、三全音とは良いところに目をつけたと思いました。三全音はその名のとおり、3つの全音から成る音程。たとえばファとシの音程です。半音なら6つ分なので、平均律で調律された場合、1オクターヴのちょうど半分。増4度あるいは減5度と呼ばれます。響きが悪い不協和な音程です。

三全音(tritonus)は、9世紀頃に書かれたと考えられる著者不明の音楽理論書「ムジカ・エンキリアディス Musica enchiriadis」で言及されましたが、はっきりと禁じられたのは11世紀の僧グイード・ダレッツォ(991-2頃〜1033後、(78) ドレミの元参照)の音楽理論が広まるにつれて。三全音を避けるために、シではなく♭シが使われるようになります(ファと♭シの音程は、完全4度)。

これ以来ルネサンス時代の終わりまで、三全音は「音楽の悪魔 diabolus in musica」と呼ばれ(素晴らしいニックネーム!!)、不安定で不協和な音程とされました。13世紀には、短2度(たとえばシとドなど、半音の音程)と長7度とともに、完全不協和音 discordantia perfecta のカテゴリーに入れられています。

バロック時代以降、三全音は特定の規則に従って不協和が正しく「解決」される形で使われるようになります。和音として縦に用いるだけではなく、旋律として横に並べることも避けられてきました(ファとシを続けて歌ってみると、音程がとりにくく歌いづらいことがわかります)が、バッハやモーツァルト、ベートーヴェンの旋律のなかにも、稀に三全音の跳躍がみられます。

19世紀になると三全音は、不吉、あるいは邪悪なものをほのめかす響きとして、自由に使われるようになりました。たとえばリストはソナタ風幻想曲《ダンテを読んで》を、ラ・♭ミの三全音で始め、『神曲』の地獄を暗示しています。さらに有名な使用例は、ヴァーグナーの《トリスタンとイゾルデ》第1幕への前奏曲。三全音が含まれるファ・シ・#レ・#ソの「トリスタン和音」は、半音階的和音の可能性を拡げ、調性崩壊への第1歩と見なされます。

このように、西洋音楽史において長い間禁止され、その後は抑制的に用いられてきた三全音。自由に用いられるようになったのは、19世紀ロマン派の時代。たしかに三全音なら、その使用頻度の増加が統計学の法則に合致するかも。

ただ、三全音以外に「追跡が可能な、継承の基本単位」になり得るものは、他にどんなものでしょうか?? そもそも音楽は「進化」して来たのか?? 法則に従って?? うーん……。おもしろいとは思うものの、やはりよくわかりません。

  1. https://newspicks.com/news/3371305 neichi62さん、情報ありがとうございました。

前回、《パッソ・メッゾ》は酔った歩みではない!! と書きながら([2] ウィキペディア・ジョーク?!?  レスピーギの《パッソ・メッゾ》参照)、レスピーギの《リュートのための古風な舞曲とアリア》が器楽史の教科書の最初の部分どおりであることに気づきました。第1組曲は以下の4曲から成ります。

  1. 《オルランド伯爵のバッレット》
  2. ガリアルダ
  3. ヴィラネッラ
  4. パッソ・メッゾとマスケラーダ

第1曲の元曲は、ジェノヴァの作曲家&リュート奏者シモーネ・モリナーロ(1565〜1615)が、1599年にヴェネツィアで出版した『リュートのためのインタヴォラトゥーラ第1巻』に収めた《オルランド伯爵のバッレット》。インタヴォラトゥーラとは、声楽曲を器楽曲用に編曲することです。バッレットは小さな舞曲ですね(アレグロ→アレグレットのように、バッロ→バッレットで小舞曲の意)。

第2曲の元曲は、地動説を唱えたガリレオ・ガリレイの父で、フィレンツェの「カメラータ」((28) バロック時代はなぜ1750年までか?参照)のメンバーであったヴィンツェンツォ・ガリレイ(c.1520〜91)が1550年代に作った舞曲ガリアルダ。第3曲は作者不詳の16世紀末のヴィラネッラ。ヴィラネッラは、16世紀半ばころにナポリで始まった、素朴で軽い性格のイタリアの世俗歌曲です。

第4曲はやはり作者不詳の16世紀末の2種類の舞曲。後半のマスケラーダは、16世紀フィレンツェで流行した、マスケラ(仮面)や衣装をつけて(しばしばパントマイムを伴って)踊る、パレードやカーニバルのダンスでした。つまりレスピーギのタイトルは、16世紀という古い時代の、リュートで演奏する歌曲(第3曲)と舞曲(第1、2、4曲)ということですね。

楽器は古くから使われて来ましたが、音楽=声楽の時代が長く続きます。器楽が発展し楽譜資料が残るようになるのは、楽譜出版が始まった16世紀((183) ペトルッチありがとう!参照)。声楽の出版楽譜に「これは声にも楽器にも適する」と書かれたものがあるように、声楽曲が楽器で演奏されたのです。また、上記のインタヴォラトゥーラのように、楽器の特性に合わせて編曲されることも。撥弦楽器のリュートは声のように音を持続できませんから、細かい装飾音やアルペジオが多用されました。

声楽曲と直接関係が無い器楽形式として大切なのは、舞曲。ルネサンス時代は様々な舞曲が作られ、出版されました。私が音楽史の教科書として使っているものの1冊には、「パヴァーヌとガリアルド、パッサメッゾとサルタレッロのようにテンポの遅い舞曲と速い舞曲、2拍子型のものと3拍子型のものを組にした形も数多い」と書かれています1

レスピーギの第1組曲第2曲ガリアルダは、速い3拍子で跳ね足ステップが含まれる舞曲。1つ目の動画を参考にしてください2。一方、パッソ・メッゾは2拍子のゆっくりしたダンス。動画は、前回あげた2種類のうちのパッサメッゾ・アンティコで、グリーンスリーヴスと同じ和声進行をしています。リュートの演奏も見えます3。この時代、用語はまだ統一されておらず、女性名詞形のガリアルダやパッサと、男性名詞形のガリアルドやパッソが混在していました。

  1. 片桐功他『初めての音楽史決定版』音楽之友社、2018、50ページ。
  2. https://www.youtube.com/watch?v=A7AzGhMV1T8
  3. https://www.youtube.com/watch?v=ivvx_4NWpfo。上記のようにしばしばペアにされたサルタレッロは、3拍子系の急速なダンス。メンデルスゾーンが交響曲第4番の終楽章に使いました。(258) サルタレッロってどんな音楽?参照。

話は、レスピーギの《リュートのための古風な舞曲とアリア第1組曲》を取り上げた、第18回聖フィル演奏会前に遡ります。ボウイングを書き写すために借りた楽譜の終曲《Passo mezzo e Mascherada》に、「酔った歩みと仮面舞踏会」と書かれていました。Mascherada には確かに、仮面舞踏会という意味があります。第4曲後半、vivacissimo 以降。でも「酔った歩み」って何?

謎が解けたのは、チラシとプログラムに載せるための、日本語と原語の正式な曲目表記を調べたとき。一応チェックした Wikipedia 日本語版が「酔った歩み」の出処でした。やっぱり〜〜!!1「西洋音楽関連の日本語版 Wiki は間違いが多いので、英語版や独語版を参照すること」は、音楽学関係者の共通認識。学生たちにも口を酸っぱくして注意するのですが。

それにしても、驚くべき日本語訳「酔った歩み」は、いったいどこから来たのでしょう?!? パッソ・メッゾ passo mezzo の passo は英語の step ですから「歩み」は正しい。一方の mezzo は、メゾフォルテやメゾソプラノのメッゾ。英語の half です。「酔った」は、どこにもありません。

だいたい、第4曲前半の音楽自体、「酔った歩み」とは程遠いもの。4分の2拍子で、2分音符がずーんずーんと重く響く舞曲。酔っぱらいの千鳥足のような不規則さ、あるいはおどけた感じはどこにもありません。Wiki 日本語版のミスは、単純な訳し間違いや重要な情報の取りこぼしなど、理由が推測できることもありますが、「酔った歩み」はいくら調べても由来(??!)がわかりませんでした。まさにジョーク!?!

パッソ・メッゾ(1語でパッソメッゾ、パッサメッゾ、あるいは and を意味する e を入れたパッソ・エ・メッゾなど、多くの異形があります。英語版や伊語版 Wiki では、passamezzo  の形で出ていますので、これ以降はパッサメッゾと書きます)は、16〜17世紀初めのイタリアの民俗舞踏。直訳すると「1歩半」を意味する名前の由来はわかりませんが、踊りのステップが関係しているのでしょう。

パッサメッゾの舞曲は和音進行が決まっています。ヨーロッパで広く使われたパッサメッゾ・アンティコ(古いパッサメッゾ)は、I – VII – I – V、III – VII – I-V – I。グリーンスリーヴスがこの定型の例です。一方、レスピーギの終曲に使われたのは、パッサメッゾ・モデルノ(モダンなパッサメッゾ)。パッサメッゾ・アンティコの短調バージョンで、I – IV – I – V が和声定型。レスピーギ終曲冒頭のハーモニーです2

というわけで、第4曲は《パッソ・メッゾとマスケラーダ》。絶対に「酔った歩み」ではありません。いつ頃からこの訳が出ていたのか知りませんが、真に受けて「酔った歩みと仮面舞踏会」というタイトルで演奏しちゃった団体が無いように祈ります。でも、真に受けますよね、普通……。困ったものです。 Wikipedia 日本語版に限らず、署名の無いネット情報にはくれぐれもご用心! この第1組曲については、次回に続きます。

  1. このコラムをアップする時点でもその記述があります。
  2. ニ長調で d-fis-a、g-h-d、d-fis-a、a-cis-e の和音がほぼ4小節ずつ。