今回、聖フィルが取り上げるシューマンの交響曲第4番ニ短調は、演奏する団員にも聴いていただく方々にも、ちょっとした覚悟を要求します。途中に休みが無いからです。全体で30分ほどと交響曲としては短いのですが、音楽がずーっと止まりません。珍しい、単一楽章の交響曲のひとつです。

成熟した交響曲は、急−緩−スケルツオ−急の4楽章構成。シューマンももちろんこの型を遵守し、楽章の境目は明らか。ただ、1841年の時点([1] 「変」な人、シューマン参照)で、第3・第4楽章を続けて作曲。ベートーヴェンの《運命》に倣ったのですね((13) 《運命》「掟破り」のベートーヴェン参照。前回の定演で取り上げた《田園》でベートーヴェンは、さらに大胆に、第3・第4・第5楽章を続けました)。

10年後の1851年、しまい込んでいたニ短調交響曲を改訂する際、シューマンは最初から最後までひと続きにします。第1楽章と第2楽章の終わりを示す終止線(細い線と太い線のセット)は、2本の細い線(ダブルバー。日本語では複縦線)に変えられています。ダブルバーも楽曲の区切りのひとつですが、そこで音楽は終わりません。単一楽章の交響曲なんて、あのベートーヴェンもやらなかった「掟破り」!!

実は、協奏曲には単一楽章の前例があります。よく知られた、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲(《メンコン》)です。1844年に作られ、翌年ライプツィヒで初演。メンデルスゾーンは、シューマンが交響曲第1番でもお世話になった音楽仲間([1] 参照)。この時期ドレスデンで仕事していましたが、定型から大きく外れた《メンコン》の評判はシューマンの耳にも入ったはず。これに影響された??

ただ、単一楽章の目的は大きく異なります。《メンコン》の場合、楽章間の拍手を防ぐためだったと考えられるからです。当時は、曲全体が終わらなくても、その楽章が良ければ拍手していました。コンチェルトの第1楽章は、思わず拍手したくなるような華やかな終わり方が一般的。でも、拍手によって音楽が途切れると、曲の雰囲気や全体のバランスが崩れてしまいます。だからメンデルスゾーンは第1楽章の最後にファゴットを残し、緩徐楽章の最後にもダブルバーを書いて、フィナーレへそのまま進むようにしました。

シューマンが第4番交響曲を単一楽章にしたのは、拍手を入れないためではありません。彼は、この曲の革新的な構造を活かすために、途切れない形にしたのでしょう(これについては [8] 参照)。同じ単一楽章でも、意味は異なります。

いずれにせよこの曲では、楽章が終わるたびになぜか決まってあちこちで始まる咳払いを、聞かなくても済むのは確か。奏者にとっては、楽章間でつば抜きしたり、調弦したり、汗を拭いたり、気持ちを入れ直したりできない、演奏しづらい曲。そして、何よりも困るのは譜めくり。演奏の途中で(ときにはすご〜く静かなところで)ページをめくらなければならないのです。シューマンの革新性には敬意を表しますが、4つの独立した部分から成る「普通」の交響曲の良さを、しみじみ感じる今日この頃です。