古典派で確立された交響曲の形式を、そのまま使うのはダサい!!! これが、ベートーヴェン以降の作曲家の共通認識。シューマンも交響曲第3番《ライン》で、5楽章構成にしたり、挿入された余計な楽章である第4楽章のモティーフを終楽章で利用する、循環形式を取り入れたりしています((154) ラインと循環形式参照)。そして、第4番では楽章間の切れ目を全て無くして全楽章をひとつながりに([7] 音楽が途切れない交響曲参照)。ベートーヴェンも試みなかった、単一楽章交響曲。

第4番にも循環形式を取り入れました。第1楽章の序奏部の主題(f-e-d-cis-d-e)が、第2楽章でそのまま戻ってきます。それだけではありません。この主題に装飾を加えて、3連符が細かく上下する旋律に変形。第2楽章後半でヴァイオリンにソロさせています。さらに、その装飾変形を第3楽章のトリオで再登場させました。おしゃれな循環の仕方です1。でも、第4楽章にはこの序奏主題とその変形は登場しません。

シューマンの工夫は、第1楽章のソナタ形式にも見られます。ソナタ形式も古典派が完成させたもの。そのまま使うのはダサいのです。第2主題は規則通り長調に転調して提示されます((88) ソナタ形式の変遷参照)が、第1主題と全く同じ。単一主題ソナタ形式です((189) 第1主題=第2主題 !? のソナタ形式参照)。

この第1主題の1小節目(d-f-d-f-e-d-cis-d)を中心に使いながら、展開部が進みます。突然、第2主題にうってつけの旋律がドルチェで登場(いまさら何?)。そのまま展開が続き、どんどん盛り上がって……あれれ、第1楽章が終わってしまいました。再現部が省略されています。提示部も展開部も第1主題だらけ。もう繰り返す必要は無いからでしょうね。再現部を欠くソナタ形式なら、新鮮。ダサくありません。

その第1主題第1小節(d-f-d-f-e-d-cis-d)が、第4楽章序奏部に再登場。そして、第4楽章の第1主題にも使われます。第3楽章まで循環した序奏主題が第4楽章に登場しないのは、こちらの循環だけで十分だからでしょう。第4楽章では型どおりに第2主題が提示され、再現部では第1主題の再現が省略されます。もう繰り返す必要は無いからでしょうね(という文が繰り返しですが)。

第1楽章の第1主題=第4楽章の第1主題。同じなのは1小節分ですが、最初の小節は主題の顔。最も大切です。これで、シューマンが途切れない交響曲にした理由がわかりましたね。単一楽章のこの交響曲において、第4楽章は第1楽章に欠けていた再現部の役割も果たしているのです。シューマンすごい!!! 独創的!!! でもやはり、(再現部の省略で交響曲としては長くないものの)楽章間の休みは入れて欲しかったなぁ。

  1. d-e-f-g-f-e のスケルツォ主題は、序奏部の主題 f-e-d-cis-d-e の反行型とも考えられます。

今回、聖フィルが取り上げるシューマンの交響曲第4番ニ短調は、演奏する団員にも聴いていただく方々にも、ちょっとした覚悟を要求します。途中に休みが無いからです。全体で30分ほどと交響曲としては短いのですが、音楽がずーっと止まりません。珍しい、単一楽章の交響曲のひとつです。

成熟した交響曲は、急−緩−スケルツオ−急の4楽章構成。シューマンももちろんこの型を遵守し、楽章の境目は明らか。ただ、1841年の時点([1] 「変」な人、シューマン参照)で、第3・第4楽章を続けて作曲。ベートーヴェンの《運命》に倣ったのですね((13) 《運命》「掟破り」のベートーヴェン参照。前回の定演で取り上げた《田園》でベートーヴェンは、さらに大胆に、第3・第4・第5楽章を続けました)。

10年後の1851年、しまい込んでいたニ短調交響曲を改訂する際、シューマンは最初から最後までひと続きにします。第1楽章と第2楽章の終わりを示す終止線(細い線と太い線のセット)は、2本の細い線(ダブルバー。日本語では複縦線)に変えられています。ダブルバーも楽曲の区切りのひとつですが、そこで音楽は終わりません。単一楽章の交響曲なんて、あのベートーヴェンもやらなかった「掟破り」!!

実は、協奏曲には単一楽章の前例があります。よく知られた、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲(《メンコン》)です。1844年に作られ、翌年ライプツィヒで初演。メンデルスゾーンは、シューマンが交響曲第1番でもお世話になった音楽仲間([1] 参照)。この時期ドレスデンで仕事していましたが、定型から大きく外れた《メンコン》の評判はシューマンの耳にも入ったはず。これに影響された??

ただ、単一楽章の目的は大きく異なります。《メンコン》の場合、楽章間の拍手を防ぐためだったと考えられるからです。当時は、曲全体が終わらなくても、その楽章が良ければ拍手していました。コンチェルトの第1楽章は、思わず拍手したくなるような華やかな終わり方が一般的。でも、拍手によって音楽が途切れると、曲の雰囲気や全体のバランスが崩れてしまいます。だからメンデルスゾーンは第1楽章の最後にファゴットを残し、緩徐楽章の最後にもダブルバーを書いて、フィナーレへそのまま進むようにしました。

シューマンが第4番交響曲を単一楽章にしたのは、拍手を入れないためではありません。彼は、この曲の革新的な構造を活かすために、途切れない形にしたのでしょう(これについては [8] 参照)。同じ単一楽章でも、意味は異なります。

いずれにせよこの曲では、楽章が終わるたびになぜか決まってあちこちで始まる咳払いを、聞かなくても済むのは確か。奏者にとっては、楽章間でつば抜きしたり、調弦したり、汗を拭いたり、気持ちを入れ直したりできない、演奏しづらい曲。そして、何よりも困るのは譜めくり。演奏の途中で(ときにはすご〜く静かなところで)ページをめくらなければならないのです。シューマンの革新性には敬意を表しますが、4つの独立した部分から成る「普通」の交響曲の良さを、しみじみ感じる今日この頃です。

次回の聖フィル演奏会で取り上げる、メンデルスゾーンの演奏会用序曲《美しいメルジーネの物語Ouvertüre zum Märchen von der schönen Melusine》、ご存知ですか? 実は私、今回初めて知りました。幸か不幸か、日本語版ウィキペディアには出ていません([2] ウィキペディア・ジョーク?!参照)。いったいメルジーネって誰? どんな物語? 調べてみました。(167) 演奏会用序曲と交響詩で書いたように、演奏会用序曲(コンサート・オーバーチュア)は演奏会の最初に演奏される曲ではありません。

メンデルスゾーンが1834年に、姉ファニー(1805〜47)の誕生日プレゼントとして作曲(ファニーはフェーリクスと同様に優れた音楽家で、400曲以上の作品を残しています)。4月7日付けの彼女への手紙には、前年にベルリンでコンラディン・クロイツァー(1780〜1849)のオペラ(正確にはドイツ語の歌詞で台詞も入るジングシュピール)《メルジーナ》を見たこと、序曲はアンコールされたけれど、自分は全く気に入らなかったこと、メルジーネを演じたヘーネル嬢が魅力的で、特にマーメイドの姿で髪を梳く場面が素晴らしかったことなど、この題材を選んだ理由を書いています1

《メルジーネ、あるいはマーメイドと騎士》というタイトルで、ロンドンのフィルハーモニー協会オーケストラが初演(指揮はモシュレス)。評判は(悪くはなかったものの)それほど良くなかったため、改訂。36年に出版されました。ちなみに、クロイツァーが作曲した台本は、フランツ・グリルパルツァー(1791〜1872)が1823年に、ベートーヴェンのために書いたもの(結局使われませんでしたが)。

騎士ライモンド伯が美しいメルジーネに恋をし、彼女は「土曜日には部屋に入らないこと」という条件で結婚。しかし、彼は約束を破ってしまいます。実はメルジーネは水の精。半人半魚の姿に戻って沐浴するところを見られ、自分の世界に帰ります。19世紀ドイツではこのストーリー、ルートヴィヒ・ティーク(『メルジーナ』、1800)やフリードリヒ・フーケ(『ウンディーヌ』1811)などの文学作品によって、広く知られていました。

メンデルスゾーンは序曲の定型であるソナタ形式(主題の出し方や転調のしかたが決まっています)をほぼ尊重しながら、ストーリーの雰囲気を伝えています。揺らぐような弦楽器のアルペジオが交わされるヘ長調の序奏部は、メルジーネが暮らす幻想的な水の世界。ヘ短調の激しい主部は、騎士ライモンドの戦いの世界でしょうか。変イ長調の第2主題から中間部(展開部)に進むと、ふたりの幸せを描くように、再び長調でアルペジオが交わされますが、凝縮されさらに激しさを増したヘ短調の再現部が悲劇を伝えます。ヘ長調のコーダに再々登場するアルペジオは、メルジーネが水の世界に戻ったことを示すのでしょう。

図1 Guillebert de Mets:『メリュジーヌ物語』のイルミネーション(BNF Fr. 24383, folio 19)

この伝説はフランスでは中世から知られていて、1393年にジャン・ダラスが『リュジナン家の高貴な歴史、メリュジーヌ物語』を編纂。もともとメルジーネは図1のように、腰から下は魚ではなく蛇。龍のような翼を持った姿とされていました(クリックで拡大します)。ロマン派時代は、よりロマンチックでメルヘン的なマーメイドが好まれたのでしょうね。メンデルスゾーンのタイトル中の「物語」は、メルヘンMärchen の訳です。

  1. Mendelssohn, Felix, tr. by Lady Wallace (1864). Mendelssohn’s Letters from 1833 to 1847, pp. 31 – 32.

演奏会用序曲《フィンガルの洞窟》やホ短調のヴァイオリン協奏曲で有名なメンデルスゾーンのファースト・ネームはフェーリクス Felix、ラスト・ネームはメンデルスゾーン Mendelssohn。

本当でしょうか? メンデルスゾーンの楽譜をお持ちの方、もう一度確認してください。表紙には Mendelssohn とありますね。でも、楽譜のオープニングに印刷された作曲者名は、輸入版国内版いずれでも Felix Mendelssohn Bartholdy であるはず。そう、メンデルスゾーンのラスト・ネームは、メンデルスゾーン・バルトルディです。

名字が2つ並ぶのは、宗教と関係があります。フェーリクスの父アブラハム(著名な哲学者モーゼス・メンデルスゾーンの息子で、裕福な銀行家)と母レアは、ユダヤ系。でも彼らは1816年3月21日に、4人の子どもたちにルター派プロテスタントの洗礼を受けさせます。

1822年には両親も、プロテスタントに改宗。このとき、既にキリスト教徒に改宗し、バルトルディを名字にしていたレアの弟ヤコブ・ザロモンに勧められ、他のメンデルスゾーン家と区別するために、メンデルスゾーン・バルトルディを名字に。一目でユダヤ系とわかる「メンデルスゾーン」に、よりコスモポリタンな「バルトルディ」も合わせた二重姓にして、キリスト教徒であるとアピールしたのでしょう。

その後の活躍は、皆さまもご存知の通り。20歳のとき、当時ほとんど忘れ去られていたヨハン・ゼバスティアン・バッハの《マタイ受難曲》を復活演奏。ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の指揮者、ライプツィヒ音楽院の実質的な院長など、ドイツ音楽界の第一人者として活躍。38歳での急死は、国際的に惜しまれました。

評価は、没後に変化します。メンデルスゾーンの音楽には、リストやヴァーグナーのような革新的な要素が少なかったのは事実。しかし、彼の名声が決定的に損なわれたのは、19世紀後半、反ユダヤ主義が台頭したため。20世紀にナチスが政権を掌握すると、メンデルスゾーンの音楽は禁止され、ライプツィヒ音楽院前に建てられた彼の銅像は、撤去され破壊されました。ルター派プロテスタント音楽の至宝とも言うべきバッハの《マタイ受難曲》復興したにもかかわらず。

……というようなことを西洋音楽史で講義していたのですが、実は私がメンデルスゾーンの名字を強く意識したのは、昨年ベルリンで地下鉄に乗ったときでした。「メンデルスゾーン・バルトルディ公園 Mendelssohn-Bartholdy-Park」駅があったのです(図1)。路線図を見ても、ひときわ長い駅名です。公園の名前も駅の名前も、「メンデルスゾーン公園(駅)」で十分なのでは?

図1:メンデルスゾーン・バルトルディ公園駅

いいえ、それでは不十分。フェーリクス・メンデルスゾーン一家はキリスト教に改宗し、それを示すバルトルディを名前に加えたのです。たとえナチスにとって、それが何の意味を持たなかったとしても。

チラシやプログラムの日本語表記は、通常使われる「メンデルスゾーン」で十分。でも、英語表記は、彼らの意志を尊重し意図を理解して、「 Mendelssohn Bartholdy」を使いたいものです。

変なタイトルですが、男が演奏する楽器、女が演奏する楽器ということではありません。楽器自体が男か女かということです。

実はこのコラムのアイディアも、前回の演奏会の練習時に遡ります。ヴィオラの楽譜に書いてあった「SOLA」。solo でも soli でもない sola。何か別の意味があるのかと思ったのに、solo と同じ扱いのようです。なぜ solo じゃないの??!  なぜヴィオラだけ sola なの?!?

疑問はわりとあっさり解消しました。実は前回弾いたレスピーギ、《ローマの松》も《リュートのための古風な舞曲とアリア第1組曲》も、イタリアのリコルディ社の楽譜を使っていました1。だから、形容詞が語尾変化していたのです。イタリア以外の楽譜なら、ヴィオラも楽語である solo と書かれていたはず。

イタリア語の名詞には男性名詞と女声名詞がありますが、フランス語やドイツ語よりも語形変化がシンプル。一般に単数形の男性名詞は -o で終わり(concerto、tempo など)、女性名詞は -a で終わります(opera、sonata など)2 器楽の出発点:レスピーギの《パッソメッゾ》で既に触れました。]。形容詞も名詞の性に合わせて語尾変化します。violino、violoncello、contrabasso はいずれも男性名詞なので、「唯一の」という形容詞は solo。でも、viola は女性名詞なので、sola になるのですね。violino も violoncello も viola から派生した用語なのに( (37) ヴィオラはえらい?参照)、性が変わってしまいました。

スコアを見ると、イタリア語の楽器名はほとんど男性名詞。flauto、clarinetto、fagotto、corno(ホルン)、organo、sassofono(サクソフォーン)など。男性名詞は複数になると、timpani、piatti(シンバル)のように、語尾 -o が -i に変わります( (140) 本当は「ブラボー!」じゃない!参照)。

女性名詞の楽器は、viola 以外には tromba(トランペット)、grancassa(大太鼓)、arpa(ハープ)くらいでした。女性名詞は複数になると、語尾 -a が -e に変わります。

実はイタリア語の単数名詞には -e で終わるものもあり、このような名詞の性は辞書を調べないとわかりません。oboe、trombone、pianoforte はいずれも男性名詞でした(複数の場合、男性女性どちらでも語尾は -i に変わります)。

図1:Cornetto

驚いたのはコルネット。角笛 corno  + 縮小の接尾語 -etto →「小さな角笛」で男性名詞と思ったのですが、スコアに cornette と書いてあったのです。ということは女性名詞の cornetta。日本語でコルネットと呼ばれる楽器は2種類ありますが、イタリア語では、ルネサンス時代に使われた円錐形の木製楽器(図1参照。モンテヴェルディの《オルフェオ》でも使われています。(143) オーケストラの起源参照)を cornetto、いわゆるコルネットを cornetta と区別しているのでした3

というわけで、イタリア語ではオーケストラは男の楽器だらけですが……(続く)。

  1. 後者はカルマス社の再版でした。
  2. 前回の [3
  3. 英語では前者を cornett、後者を cornet と綴ります。ドイツ語の Zink ツィンクという語を使うこともあります。