オケ奏者のコラム、長らくお休みしてごめんなさい。1ヶ月に1つなら書けるかも??と思ったのですが、甘かった。新しい講義科目の準備でてんてこ舞いのセメスターでした。ようやく(ほぼ)終わって、ほっと一息。あらら、まだインコ写真が6月のまま(8月に替えます)。

今回の聖フィル定期演奏会1曲目は、カール・マリア・フォン・ヴェーバー(1786〜1826)の《オベロン、あるいは妖精王の誓い》序曲。ヴェーバーの最後の作品ですが、どんなオペラか、妖精王が何を誓うのかご存知ですか。シェイクスピアの『夏の夜の夢』のオベロンかと思ったら、(そのオベロンですが)シェイクスピアでは無いんですね。なかなか複雑!!

ヴェーバー(英語読みのウェーバーの方が通りが良いですが)の名前には「フォン」が付きますが、貴族でも何でもありません。父の兄の娘が、モーツァルトの妻コンスタンツェでした。1821年にベルリンで初演した《魔弾の射手》が大評判に。23年《オイリアンテ》を作曲。

1824年8月18日、ロンドンのチャールズ・ケンブルから新作オペラの委嘱と、次のシーズンにイギリスに来て《魔弾の射手》《プレチオーザ》(1820年作曲の劇付随音楽)と新作を指揮して欲しいという手紙を受け取ります1。ヴェーバーは重い肺結核。医者には、もしロンドンに行くなら数ヶ月、もしかしたら数週間の命と警告されますが、家庭の経済状況を考え、委嘱を受諾。

ケンブルは題材として「ファウスト」と「オベロン」を提示。ヴェーバーは後者を選び、なるべく早く台本を送ってくれるように頼みました。しかし、台本到着は遅れ(第1幕は12月30日、第2幕は翌1825年1月18日、第3幕は2月1日着)、上演は1526年シーズンに持ち越されることに。

一方でヴェーバーは、1824年10月から英語の集中レッスンを開始。全部で153回もレッスンを受けたそうです。台本作者ジェームス・プランチェ(1796〜1880)とも英語でやり取りしました。ヴェーバーは台本について2月19日付けの手紙で、歌わない重要な登場人物が多すぎ、重要な瞬間に音楽が無いので、オペラと言えなくなってしまうし、ヨーロッパの他の劇場での上演が難しくなると危惧しています。

「歌わない登場人物」!?! そうです。正確に言うと《オベロン》はオペラではなく英語のジングシュピール(って何だか変ですが)。モーツァルトの《魔笛》のように台詞入りです。話すだけで歌わない役も多く、黙役までいるのです。このときは他に選択肢がありませんでしたが、もしもヴェーバーが長生きしていたら、ドイツの歌劇場で上演できるようにレチタティーヴォを追加して改訂したことでしょう。

1826年2月半ばにイギリスに出発するときには、オペラの大部分は既に完成していました。パリを経由し、3月4日にイギリス着。9日リハーサル開始。エネルギーを消耗するリハーサルやコンサート、社交の合間を縫って、ヴェーバーは作曲を継続。オペラの重要なアリアは、実際にリハーサルで歌手の声や得意な音域などを聞いて、それ活かすように作るものだからです。

3月23日には、当時非常に人気があったヒュオン役のテノール歌手、ジョン・ブレアムのために〈I revel in hope and joy〉を書き、3日後にレーツァのカヴァティーナ〈嘆きなさいお前、哀れな心よ Mourn thou, poor heart〉を完成2。さらに3日後にファーティマの〈おお、アラビアよ O Araby〉を作り、女声コーラス〈あなたのために美しい方は For thee hath beauty〉を編曲して、序曲以外完成。

と思ったら、ブレアムが〈少年時代から鍛錬してきた From boyhood trained〉の音域が高すぎると、違うアリアを要求。ヴェーバーはしぶしぶ、代わりの〈Ah! ’tis a glorious sight to see〉を作曲(4月6日)。序曲を作り終えたのは、初日のわずか3日前でした。ブレアムはさらに、自分の声を見せびらかすアリアをもう1つ望み、ヴェーバーは〈この恐ろしい時の支配者よ Ruler of this awful hour〉を書き加えています。

4月12日、約束通り作曲者の指揮により、コヴェント・ガーデン劇場で初演。序曲と多くのアリアがアンコールされ、《オベロン》成功!!! しかし、ヴェーバーの体はもう限界でした。初演後2ヶ月足らずの6月5日、ロンドンで客死(39歳)。次回は複雑なストーリーについて書きます。

  1. 以下の情報も含めて、Brown, Clive, “Oberon, or The Elf King’s Oath.” Oxford Music Online, https://doi.org/10.1093/gmo/9781561592630.article.O003858 に依ります。
  2. 歌詞の対訳は、オペラ対訳プロジェクト https://www31.atwiki.jp/oper/pages/371.html を参考にしました。

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