次回の聖フィル演奏会で取り上げる、メンデルスゾーンの演奏会用序曲《美しいメルジーネの物語Ouvertüre zum Märchen von der schönen Melusine》、ご存知ですか? 実は私、今回初めて知りました。幸か不幸か、日本語版ウィキペディアには出ていません([2] ウィキペディア・ジョーク?!参照)。いったいメルジーネって誰? どんな物語? 調べてみました。(167) 演奏会用序曲と交響詩で書いたように、演奏会用序曲(コンサート・オーバーチュア)は演奏会の最初に演奏される曲ではありません。

メンデルスゾーンが1834年に、姉ファニー(1805〜47)の誕生日プレゼントとして作曲(ファニーはフェーリクスと同様に優れた音楽家で、400曲以上の作品を残しています)。4月7日付けの彼女への手紙には、前年にベルリンでコンラディン・クロイツァー(1780〜1849)のオペラ(正確にはドイツ語の歌詞で台詞も入るジングシュピール)《メルジーナ》を見たこと、序曲はアンコールされたけれど、自分は全く気に入らなかったこと、メルジーネを演じたヘーネル嬢が魅力的で、特にマーメイドの姿で髪を梳く場面が素晴らしかったことなど、この題材を選んだ理由を書いています1

《メルジーネ、あるいはマーメイドと騎士》というタイトルで、ロンドンのフィルハーモニー協会オーケストラが初演(指揮はモシュレス)。評判は(悪くはなかったものの)それほど良くなかったため、改訂。36年に出版されました。ちなみに、クロイツァーが作曲した台本は、フランツ・グリルパルツァー(1791〜1872)が1823年に、ベートーヴェンのために書いたもの(結局使われませんでしたが)。

騎士ライモンド伯が美しいメルジーネに恋をし、彼女は「土曜日には部屋に入らないこと」という条件で結婚。しかし、彼は約束を破ってしまいます。実はメルジーネは水の精。半人半魚の姿に戻って沐浴するところを見られ、自分の世界に帰ります。19世紀ドイツではこのストーリー、ルートヴィヒ・ティーク(『メルジーナ』、1800)やフリードリヒ・フーケ(『ウンディーヌ』1811)などの文学作品によって、広く知られていました。

メンデルスゾーンは序曲の定型であるソナタ形式(主題の出し方や転調のしかたが決まっています)をほぼ尊重しながら、ストーリーの雰囲気を伝えています。揺らぐような弦楽器のアルペジオが交わされるヘ長調の序奏部は、メルジーネが暮らす幻想的な水の世界。ヘ短調の激しい主部は、騎士ライモンドの戦いの世界でしょうか。変イ長調の第2主題から中間部(展開部)に進むと、ふたりの幸せを描くように、再び長調でアルペジオが交わされますが、凝縮されさらに激しさを増したヘ短調の再現部が悲劇を伝えます。ヘ長調のコーダに再々登場するアルペジオは、メルジーネが水の世界に戻ったことを示すのでしょう。

図1 Guillebert de Mets:『メリュジーヌ物語』のイルミネーション(BNF Fr. 24383, folio 19)

この伝説はフランスでは中世から知られていて、1393年にジャン・ダラスが『リュジナン家の高貴な歴史、メリュジーヌ物語』を編纂。もともとメルジーネは図1のように、腰から下は魚ではなく蛇。龍のような翼を持った姿とされていました(クリックで拡大します)。ロマン派時代は、よりロマンチックでメルヘン的なマーメイドが好まれたのでしょうね。メンデルスゾーンのタイトル中の「物語」は、メルヘンMärchen の訳です。

  1. Mendelssohn, Felix, tr. by Lady Wallace (1864). Mendelssohn’s Letters from 1833 to 1847, pp. 31 – 32.

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