話は、レスピーギの《リュートのための古風な舞曲とアリア第1組曲》を取り上げた、第18回聖フィル演奏会前に遡ります。ボウイングを書き写すために借りた楽譜の終曲《Passo mezzo e Mascherada》に、「酔った歩みと仮面舞踏会」と書かれていました。Mascherada には確かに、仮面舞踏会という意味があります。第4曲後半、vivacissimo 以降。でも「酔った歩み」って何?

謎が解けたのは、チラシとプログラムに載せるための、日本語と原語の正式な曲目表記を調べたとき。一応チェックした Wikipedia 日本語版が「酔った歩み」の出処でした。やっぱり〜〜!!1「西洋音楽関連の日本語版 Wiki は間違いが多いので、英語版や独語版を参照すること」は、音楽学関係者の共通認識。学生たちにも口を酸っぱくして注意するのですが。

それにしても、驚くべき日本語訳「酔った歩み」は、いったいどこから来たのでしょう?!? パッソ・メッゾ passo mezzo の passo は英語の step ですから「歩み」は正しい。一方の mezzo は、メゾフォルテやメゾソプラノのメッゾ。英語の half です。「酔った」は、どこにもありません。

だいたい、第4曲前半の音楽自体、「酔った歩み」とは程遠いもの。4分の2拍子で、2分音符がずーんずーんと重く響く舞曲。酔っぱらいの千鳥足のような不規則さ、あるいはおどけた感じはどこにもありません。Wiki 日本語版のミスは、単純な訳し間違いや重要な情報の取りこぼしなど、理由が推測できることもありますが、「酔った歩み」はいくら調べても由来(??!)がわかりませんでした。まさにジョーク!?!

パッソ・メッゾ(1語でパッソメッゾ、パッサメッゾ、あるいは and を意味する e を入れたパッソ・エ・メッゾなど、多くの異形があります。英語版や伊語版 Wiki では、passamezzo  の形で出ていますので、これ以降はパッサメッゾと書きます)は、16〜17世紀初めのイタリアの民俗舞踏。直訳すると「1歩半」を意味する名前の由来はわかりませんが、踊りのステップが関係しているのでしょう。

パッサメッゾの舞曲は和音進行が決まっています。ヨーロッパで広く使われたパッサメッゾ・アンティコ(古いパッサメッゾ)は、I – VII – I – V、III – VII – I-V – I。グリーンスリーヴスがこの定型の例です。一方、レスピーギの終曲に使われたのは、パッサメッゾ・モデルノ(モダンなパッサメッゾ)。パッサメッゾ・アンティコの短調バージョンで、I – IV – I – V が和声定型。レスピーギ終曲冒頭のハーモニーです2

というわけで、第4曲は《パッソ・メッゾとマスケラーダ》。絶対に「酔った歩み」ではありません。いつ頃からこの訳が出ていたのか知りませんが、真に受けて「酔った歩みと仮面舞踏会」というタイトルで演奏しちゃった団体が無いように祈ります。でも、真に受けますよね、普通……。困ったものです。 Wikipedia 日本語版に限らず、署名の無いネット情報にはくれぐれもご用心! この第1組曲については、次回に続きます。

  1. このコラムをアップする時点でもその記述があります。
  2. ニ長調で d-fis-a、g-h-d、d-fis-a、a-cis-e の和音がほぼ4小節ずつ。

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